※本稿はただの素人が足りない頭を一生懸命働かせて書いたものであり、所属する機関や現在の学術的な成果とはあんまり関係のないモノです。
※あとこれは誰かに頼まれて書いたわけでもない。
『発酵』について深く考えたことはあるだろうか?
多くの人の答えは「否」であるはずだ。
味噌・醤油・酒・みりん・酢・納豆……発酵を経て作り出された食品=発酵食品はあまりにも生活に身近すぎて、考えるとかそういう次元にあるモノではない。そこに「ある」ことが当たり前。
しかし、そんな発酵食品を極めるために47都道府県を訪ね歩いた人物がいる。
小倉ヒラクさん。

彼は全ての都道府県から一つ一つ違う発酵食品を選び出して取材し、2019年4月26日(土)より、日本の中心・渋谷ヒカリエでその展示を行う。『発酵デザイナー』という全国唯一の肩書を持つ人物が、また一つ全国で唯一の偉業を成し遂げるのだ。

日本発酵食品の世界に新たな歴史が刻まれる……。
と、ここで一つ、大きな疑問を投げかけたい。

この問いに対して、自分なりの意見をぶつけられる人はそう多くないはず。
しかし、幸い私は多くの人文学的知識を吸収できる学びの場・大学文学部に所属し、なおかつ発酵食品と深く関わることのできる味噌ラーメン屋さんでアルバイトをしている。
発酵食品×歴史学
発酵食品×考古学
発酵食品×民俗学
……
誰も挑んだことがない領域にあえて挑もう、d47 MUSEUM『Fermentation Tourism Nippon 〜発酵から再発見する日本の旅〜』に寄せて。
現代の醸造生産と「麹」
発酵とは微生物が食品に対して働きかけ、その姿を大きく変化させるプロセスのことを指す。
ヨーグルトやカルピスは乳酸菌、納豆は納豆菌、お酒や調味料には酵母菌の働きが欠かせない。
『発酵食品』と一口に言っても、その内実は様々なのである。
今回はその中でも『麹(コウジ)』に着目して現代の醸造生産に触れていきたい。

麹菌は炭水化物の糖分を増幅させ、たんぱく質の旨味を爆上げする作用を持つ「カビ」の一種。もちろんカビと言っても人体に有益な作用を持つかわいいヤツ。
『ニホンコウジカビ(Aspergillus oryzae)』―特に日本で用いられる麹はそう呼ばれている。
ニホンコウジカビは日本の風土においてごく当たり前に生息しているもので、主要な発酵食品の生産ではとにかくめちゃくちゃ重要な役割を担っている。
重要と言っても概説的過ぎてよくわからないだろうから、ここからは『日本酒』『醤油』『味噌』の製造における麹菌の働きっぷりを見ていこう。
How to Make 日本酒
日本酒の作り方は結構複雑で、酒蔵見学に何度も赴き、日本酒に関する本を読みまくった私でもその解説には苦慮する。
ただしメカニズム自体は非常にわかりやすく、そして大変に面白い。
日本酒造りは、唯一の原料であるお米を「蒸す」ところから始まる。

その蒸したお米に麹菌を振りかけ、

人間の体温より少し高めの温度に保った「麹室」で麹菌がお米に付く=発酵の完了を待つ。

こうして出来上がるのが「米麹」。
「米麹」―糖分が高まったお米からはほんのり栗の実のような甘い香りがする。甘酒が甘いのは、その原料である米麹が甘いから。
しかしこの時点ではアルコールの「あ」の字も出てこない。米麹を待つのは第二の「発酵」だ。
第二フェーズの仕上げ役「酵母(これも菌の一種)」は糖分が大好き。

酵母菌が米麹の糖分を食べ進めることでアルコールを生成し、米・米麹・水を混ぜたただの白い液体が日本酒になっていく。
ただのお米だけでは酵母があまり仕事をしてくれない。麹菌の糖化作用があってはじめて、世界でも類例のないほどの度数の高さと旨味・甘さを誇る『日本酒』ができあがるのだ。
How to Make 醤油
醤油の原料は大豆・小麦・塩、そして麹菌。
まずは大豆を「蒸す」。
蒸した大豆に炒って砕いた小麦を投入し、そこに直接麹菌をつけていく。
麹菌が全体に廻ると、『醪(もろみ)』の完成だ。

麹菌の作用により大豆のたんぱく質が旨味成分であるアミノ酸に変化し、さらに乳酸菌や酵母菌といった多様な微生物が作用。これが醪。

長い期間熟成された醪をギューッと絞ることで今日の我々が知る醤油になる。

「蒸す」→「麹」という流れ自体は日本酒と同じだが、あくまでも用いられている働き方が異なるという感じ。
How to Make 味噌
日本酒や醤油にだってあれこれ種類はあるが、とりわけ味噌は郷土色が強く、全国津々浦々変化に富む。
色々説明していてはキリがないし、私が日本で一番古い醸造調味料だと思っている『豆味噌』については次回に回したいので今回は最も一般的な『米味噌』について述べよう。
味噌の原料は大豆・米・塩、そして麹菌。原料だけで言えば日本酒と醤油のハイブリッドといったところだろうか。
まずは大豆を煮るところから始まる。ところが、煮た大豆には麹菌が付きにくい。

ここでお米の出番だ。お米を「蒸して」麹菌を振りまき、寝かせておいたら『米麹』の登場。

米麹が媒介物となって煮た大豆も含めた全体が発酵するとお味噌の完成となる。

麹菌は大豆のたんぱく質をアミノ酸に変える働きと、お米のでんぷん質を糖化する働きの両方を担う。
したがって、米味噌独特の華やかな香りと甘みは米麹によるところが大きいのだ。
「手前味噌」や「ここが味噌だね」といったような一種のスラングとしても用いられるほど身近な『味噌』。
なぜここまで身近か?と言えば、ここまで見てきてわかる通り、仕込み方法が一番シンプルだからだろう。
『麹』が上手く働くためには?
自然界・イネ科の植物において普遍的に存在していた謎の微生物『ニホンコウジカビ』の発見がなかったら、そしてその麹の作用がなければ、ありとあらゆる日本の食文化は生まれていなかった。
発酵食品はなにも麹だけですべてが成り立っているわけではないが、かなり重要な存在であることは認識していただけたのではないだろうか。
そしてまた、日本の麹が上手く働くための条件も見つけられたはず。
その条件とは、「蒸す」ことである。
食品を蒸す営みが始まらなければ日本で発酵食品がここまで広まることはなかったと、私はそのように考える。さらに言えば、蒸す調理法が日本発酵食品の起源と言って差し支えないとさえ思っている。
次回は、原始古代の日本が蒸し調理を体得する以前と以降で『発酵食品』の姿がどのように変化したのかを見ていきたい。
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